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2006年5月16日 (火)

デスノート最終回・鎮魂歌

デスノート最終回

 連載108回で終わりかぁ。
 かなり前から最終回までのカウントダウン、してたんだろうなぁ。
 最終10話ぐらいは完全にラストシーンに向けてコンテ切っていたし。
 デスノート、僕はものすごく好きな作品だ。
 第一回から最終回まで、奇跡のように素晴らしい。
 これより先、ネタバレを含むので読む人は注意を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 印象に残ったのは最終回の一話前。月とリュークの会話回想シーンだ。
 リュークは「デスノートを使った人間が天国や地獄に行けると思うな」と言う。まだ高校生の月は「わかった。つまり天国や地獄なんか存在しないんだ」と返す。
 このシーン、かなり感動した。
 「新世界の神になる」と決意した高校時代の月。それはけっして「誰にも捕まらない世界最高の権力者になりたい」という意味ではなかったはずだ。
 天国や地獄など存在しない世界。つまり正義や「悪への報い」などない、この私たちの住む世界にひとつのルールを作ろうとした。
 悪には報いを。
 正しい人が泣き寝入りしないで住む世界。
 月が目指したのは、たったそれだけだった。
 
 しかし、Lの登場で月は変質する。
 Lを出し抜きたい。
 自分に逆らう人間に天罰をくらわせたい。
 そんなことばかり考えているうちに、月は月でなくなってしまった。
 ラスト一話前でリュークに「死にたくない」「なくなるのはイヤだ」と訴える月は、リュークから見てももう「面白くもない」存在になりさがってしまった。
 デスノートという絶対的な力を手に入れた月は、その力を失うことを恐れ、自分の背後に忍び寄る影に怯えて、どんどんダメな奴になる。
 孤高を恐れなかった魂は、心を許せる友や家族が一人もいない、という孤独に成り下がり。
 天国や地獄を信じない精神力は、自らを神と称する自我肥大にすりかわる。

 つまり。
 「デスノート」のテーマはただひとつ。
 「絶対的な権力は、絶対的に腐敗する」という、ただそれだけのことを描き切った作品なのだ。
 
 最終回、月が死んで一年後。
 松田はまだ割り切れない。
 キラを倒すことは正しかったんだろうか?
 世界はもとの混沌に、キラという裁きの神のいない世界に、つまり「天国や地獄など存在しない世界」に戻ってしまった。
 それは本当にいいことだったんだろうか?
 松田は思い悩み続ける。
 
 なぜか?
 松田は「弱者」だからだ。
 Lは強い。
 Lの部下も、捜査本部の人間たちも強い。
 キラなどいなくても、きっと生きていける人たちだろう。
 しかし、松田は違う。
 平凡な、どこにでもいる人間だ。
 
 強い人間たちは、現実をはっきり見据える。
 この世界には天国や地獄はない。
 奇跡も神も、そして悪への裁きも存在しない。
 だからLたちは、今日も現実の犯罪を追いかける。
 「悪人を裁く」のではなく「犯罪を食い止める」「すでに起こった犯罪の犯人を逮捕する」。
 Lたちができるのは、たったそれだけのことだ。
 絶望しない。夢なんか見ない。
 Lは、Lのような人たちは強いから、そんな世界でも生きていける。
 彼らにとってキラとは「独裁者」以外のなにものでもない。
 自分だけを信じて生きていける人間にとっては、たしかにキラなど必要ではないだろう。
 彼らは「自分」を信じればいいのだから。
 
 しかし、この世界のほとんどは松田と同じ「弱い人間」だ。
 天国を地獄を、つまり神を希求する。
 占いを、オーラを、前世を信じたくなる。
 誰か強くて賢い人間がすべてを決めてくれるなら、それに従いたくなる。
 
 キラはそんな「弱者たちの希望の星」だ。
 だから、私たち読者はけっして月を否定しきれなかった。
 悪人を裁き、デスノートをけっして自分の快楽には使わない月に、「殺人者」と知りながら声援を送った。
 
 「デスノート」という物語は、夜神月の敗北という終わりを迎えた。
 しかし、月がしたことは、果たして何もかもが間違っていたのだろうか。
 月が敗北したのは、彼が堕落したからだろう。
 だからといって、キラの行為すべてが間違っていたと言い切れるのだろうか。
 作者は「堕落した夜神月」は断罪するが、「正義の殺人者・キラ」を否定していないのではないだろうか。  
 
 「デスノート」は少年マンガの枠の中で表現を選んでいる。
 だから最終的に「キラは正しかった」とは言えない。
 「そう言えるかもしれないけど、わからない」というのが限度だ。
 
 最終回のラストシーン、世界の果ての山頂に集まる人たち。
 彼らはキラに感謝している人たちなんだろう。
 大切な人を失い、復讐することも出来ず警察も助けてくれなかった人たち。
 Lの世界、「天国も地獄もない世界」にはけっして住めない人たち。
 月によって無念を晴らしてもらった人たち。
 キラの世界でだけ、平和に生きられた人たち。
 
 世界の果ての山頂で、誰にも知られず、夜神月は弱者たちに感謝される。
 正しく強いLは「独裁者=太陽のような世界の中心」を認めない。
 しかし弱きもの、この世の地を這うものたちは、暗黒の夜の世界をかすかに照らしてくれる月を忘れはしない。
 
 夜神月よ、安らかに眠りたまえ。
 お前は最後まで誰も信じられず、ひとりぼっちで死んだのだろう。
 神も悪魔も、天国も地獄だってありはしない。
 だからお前はもう、どこにもいない。
 ただ、死んで消えただけだ。
 
 でもお前の死を悼み、お前に感謝し、祈るものだってこんなにいるんだぞ。
 だから、せめて、安らかに眠りたまえ。
 

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コメント

話の腰を折ってすみませんが、ブログのテンプレートが悪いのか、文章の右側が半文字分切れていて、非常に読みにくいです。Win2000のIE6でもFirefox1.5でも現象が再現されます。

投稿: uhye | 2006年5月16日 (火) 09時43分

ご指摘、ありがとうございます。
たぶんこれで直ったと思います。

投稿: 岡田斗司夫 | 2006年5月16日 (火) 11時11分

岡田さんの文章を読んで溜飲が下りました。
単行本派なため、週刊誌ではざっと立ち読みするだけなんで
ここ数週間の展開を反芻できずに
もやもやしてたんですが、なるほどそういう意味なのかって
理解できました。
特にあの葬列のようなものの事が。
本気でありがとうございます!

投稿: terai | 2006年5月17日 (水) 00時34分

> 最終回のラストシーン、世界の果ての山頂に集まる人たち。
> 彼らはキラに感謝している人たちなんだろう。

最後に大写しになった女性は「弥海砂」だったのでしょうか?
そうであればその意味は何なのでしょう?
まだ、結論が出せずにいます。

投稿: HAMAN | 2006年5月17日 (水) 17時37分

文を読んで、ドラえもんの定番の展開を連想した自分は異端ですかね。

投稿: ステハン | 2006年5月17日 (水) 21時47分

もうちょっとエッチなシーンがあればもっと
良かったです。

投稿: 義春 | 2006年5月17日 (水) 23時20分

おおむねは賛成なんですが…
L側の人に対する解釈が通り一篇と思います
竜崎は強い人かもしれないけどニアは違いますよ
病弱な孤児で、玩具に依存している(しかもどんどんひどくなってる)。殺人に依存するよりは玩具に依存する方がマシと思ってそちら選択したのです。

投稿: ミカブー | 2006年5月18日 (木) 11時03分

宗教を失った現代版ファウストみたいな顛末でしたね。結果は救済されませんでしたが...

投稿: null | 2006年5月18日 (木) 15時02分

はじめまして。
最初のあたりの月の解釈に、すごく同感致しました。
Lの登場で月が月じゃなくなってしまったこと・・・
権力の腐敗・・・
ああそうだったのか、と感じました。

最後のシメのあたりで泣きそうになりました。
せめて安らかに眠って欲しい。

デスノート。考えさせられる漫画でした。

投稿: まい | 2006年5月18日 (木) 19時01分

申し訳ないですがこの解釈は間違ってると思います。
作中の中で何度も、ノートを放棄して記憶を無くした月を通して
月の元の考え方の中にキラの要素があることが書かれていたからです。
月は堕落したのではなく、あの月の姿が元々の本性でありキラ思想の本質です。

リュークに殺されるまでの月の姿が、
月が今までノートで殺してきた犯罪者の姿と重ね合わせて書かれてることについてはどう思いますか?
原作者はちゃんと、月が今までやってきたことがどういうことだったかについて
目を向けていたと思いますよ。

投稿: KIRA | 2006年5月19日 (金) 01時02分

人の解釈にワザワザ・・・

投稿: ↑KIRAっての、きもい | 2006年5月19日 (金) 02時46分

意見も求めてない個人のブログで自論展開おつ、なんだろ。

投稿: ↑おまえもなー | 2006年5月19日 (金) 14時24分

月が自分が助かるためだけに、犯罪者ではないFBI捜査官とその婚約者を殺しちゃったときから、いかに月が追い詰められて、自滅するのかを楽しみに読んでましたが内容が難しくて悶々としておりました。
特にラストの葬列の意味が…。
ありがとうございます。
そういう解釈もまたありなのだなと知りました。
やはり気になるのはラストのミサ?のような女性。
わざとなのか偶然そう見えるだけなのか?
女性の目が「死神の目」に見えるのが…。


投稿: 三条 | 2006年5月19日 (金) 17時23分

561 :名無しかわいいよ名無し :2006/05/19(金) 01:30:02 ID:316v0vVt
>>560
それが月オタだよ
月の肥大は迷惑を蒙った人間の悲劇ではなく月の悲劇であり、誰も信じられない可哀想な月がブームらしい
よくもぬけぬけとこんなオナニー文が書けるものだ

投稿: 適当 | 2006年5月19日 (金) 20時56分

ネラーの皆さんわざわざブログにまで
ご苦労様です。

投稿: yui | 2006年5月20日 (土) 08時38分

誰を差し置いても幸せになるべき弱者様は何をしても許されるとか思っているのだろうか?

投稿: 高志 | 2006年5月20日 (土) 16時30分

あんまり下らない文章書かないで欲しいんだけど。

>犯罪者ではないFBI捜査官とその婚約者を殺しちゃったときから、いかに月が追い詰められて、自滅するのかを楽しみに読んでましたが

わしはまさにこの一言に尽きると思う。
どんな言い訳もできないコロシをした瞬間。
月は純然たるシリアルキラーになったのであって、
その後にはいかなる解釈も必要ないだろ。

そんなことをする人間は、当たりもしないプロファイリングをマスコミに垂れ流してる三流の学者と一緒だぜ。
悪趣味というか、下らない。

投稿: つかさ | 2006年5月21日 (日) 19時40分

漫画だしエンターテイメント作品なんだから
人それぞれの解釈があっていいと思うよ。

月否定派も肯定派も相手を否定したがってるように見えて仕方ない。
そんな一元的な見方しかできない作品でもないと思うけどね。
フツーの少年漫画だと白黒ハッキリしたものが多い。そうすると、もちろん月のやってることは許されざることになる。
でも作者は月を主人公にすることで多少なりとも月を肯定できるようなカタチに持っていった。
それにより色んな解釈を持たせることのできる作品になって、また色々な解釈をしても良い作品になったんだと思うけどね。
だから色々な考え方があってしかるべきだと思うし、間違いってのはないんじゃないかとも思うよ。
この作品、作者から読者への問題提起で終わった作品なのか…?
まぁ、要はエンターテイメント作品なんだから、リュークも言ってるように面白ければそれでいいんだ。

…こう書くと否定派、肯定派の両方の否定みたいだな。

ちなみに自分は月信者です。月カッコイイ!!

投稿: sage | 2006年5月21日 (日) 23時36分

力あるものは人をひきつけるんだね。

投稿: ジソン | 2006年5月22日 (月) 18時23分

いずれにしても、もう少しラストを分かり易く
キャラの内面や後日談など描くべきだったんじゃないかなと

少年漫画なんだから。

投稿: anon | 2006年5月23日 (火) 06時14分

岡田さんの記事を読んで、月について考えさせられました。反対意見になってしまうのですが、一つの意見として返信します。

・Lは悪人を裁かない。
Lは探偵であって、裁判官ではない。法治国家において積極的に裁く権利を持たない。

・大切な人を失い、復讐することも出来ず警察も助けてくれなかった人たち。
これは「罰」が軽いと憤る人達のことだろうか。警察も助けてくれなかった人達とは、未解決事件の被害者やその家族などをさすのだろうか。キラは犯人を探し当てる能力を持ち得ないが後者はキラに感謝するのだろうか。

・悪人を裁き、デスノートをけっして自分の快楽には使わない月に、「殺人者」と知りながら声援を送った。
本来デスノートは裁きの道具ではない。人に死を与える道具だ。
月は、たった一人の考え方に則ったルールを作った。そして圧倒的な力を行使して施行した。このような方法が世界中の人間に通用できると、通用させられると考えていた。それは自分にしかできないと確信していた。最初から自分の考えは正しく、「悪」の基準すら自分で設定できると考えていた。
法治国家では罪に対して相当の罰を与えられるから、人は人を裁くことができる。犯罪者には罰が与えられ、一つの犯罪事件に決着をつける。報復の連鎖を生まないために法が存在する。
月は犯罪被害者の救済を考えていない。犯罪を犯した人間の家族もまた被害者だ。デスノートによって一方的に殺された者の遺族は、二重に犯罪被害者となる。
「罰」には犯罪被害者の救済がある。現行の罰は軽いのか重いのか。軽いのならばどれほどの重さを加えれば犯罪者、被害者、双方の家族や関係者にとって妥当な裁きとなりえるのか。(それは国民が問題意識をもち、考えなくてはならない)。法は犯罪者の家族も無視しない。
裁判は多大な労力を費やす。なぜ被害者側がこのような重い責を負わなくてはならないのか。これは私も負担が重過ぎると感じている。「どうせ何も変わらない」と諦めてはいけない問題ではないか。
弱者にこそキラは脅威だ。強く乱暴な力を持つ者は弱者を縛る。弱者は縛られる。なぜならキラは悪人だと思った者には問答無用に死を与えるから。それは酷い暴力ではないだろうか。

ところで殺人事件の被害者の関係者はキラの存在を本当に許せるのだろうか。連日「悪人」を「裁き」の名の下に「殺害」する。これって、戦争に似てませんか。

投稿: ハチ | 2006年5月23日 (火) 06時27分

『覚悟のススメ』の散の主張とかでも疑問に思ったのですが、殺人という罪を犯した人間を殺すことで裁く、というのは自己矛盾なんじゃないかなと。

『ブラックエンジェルス』とか『マーダーライセンス・牙』とかが偏った正義で人を断罪していても、「人が人を裁き、己も罪を負う」というリスクを背負ってやっているから口を挟めないけれど、月の場合、初期から「神が人を裁き、反逆は認めない」という姿勢だったので、あんまり正義とは思えなかったです。

一神教の神が権威を正統化できるのは、神がこの世界を創った父であり、人との間に契約があったからですが、月はたまたまノートを拾っただけなので、自分が法や人より高位の存在であることを証明できなかった訳で、そう考えると「高潔な思想の持ち主が腐敗していった話」というより、「誇大妄想狂の気違いが受け入れられてしまう世界の歪み」みたいなものがテーマだったんじゃないかな、と。

まあ普通に「友情・努力・勝利」がテーマかもしれないですけど。

投稿: キラ(スーパーゼウスj | 2006年5月23日 (火) 13時36分

私はよく判らんかったので、ああ、そういう解釈もあるのか。と思いました。

なるほどなぁと思って読みました。
え!?と思ったことは最後のシーンの事。
あの人たちは生きてる人々でしたか・・・・
私はてっきり黄泉の国に向かう人々の列かと・・・死んでも死に切れぬ程の悔しい思いを持ったもので、キラによって一種の救いを得、やっと黄泉に向かえた人々の列かと。
そう解釈してたので。

投稿: 西 | 2006年5月25日 (木) 21時55分

「新世界の神になる」

最後の最後、ライトは死の後でその願いがかなったのか。

投稿: POW | 2006年5月29日 (月) 00時07分

いままで他人をさんざん殺しといて、自分は「いやだ、逝きたくない」かよ。
神にしては、陳腐なセリフだな。不様だ。

「逝く」は「行く」に通じるのか? どこへ行くんだ? 天国も地獄も無いんだろ。
この期に及んで、まだどこかで存在したいのか? あまいぞ。

死後は完全な無である。ある意味、地獄へ落ちるより怖い。
死んだ後の、あの真っ黒な2ページを見ると、心底ぞっとした。

投稿: 昔、死にかけた者 | 2006年6月 2日 (金) 21時29分

正直、月勝利で終わって欲しかったです。
確かに月のしてきた事は、誉められる事ばかりではなったけど、犯罪で身内が殺された人たちにとっては、感謝しきれない存在だったでしょう。
わたしも、キラ様が実在したら、信者までにはならないと思いますが、支持しますね。

最終回を向かえたということで、岡田様!是非「まんが夜話」で取り上げて下さい!

投稿: まりりん | 2006年6月 2日 (金) 22時45分

 記事読んで、最終回読み損ねていたことに気づいた! 「はわわ死にたく無い~」の次を読めて無かったんだなー。うーむ。
 
 僕はライト(キラ)がやっていた事自体は、結局は粛正と虐殺によるファシズムでしかないと思って読んでいたとですよ。
 実際に超越者として殺しをする、しない、という立場で、月 L (ニア) の立場の違い、対立があると同時に、Lの死後、“テロリストのライト” では無く、“独裁者のライト” となった後には、「粛正による秩序を受け入れる 混沌とあらがいつつも、自由主義の立場を標榜する」 という対立軸が裏にはあった、というか、あって然るべきだった、とは思うのですが、展開軸をキャラ同士の対立や駆け引きに絞りすぎたため、そっちのテーマがおざなりになっていたという淫使用は強いです。けど最終回自体見損ねていたからそのあたり分かんないやなー。
 アラン・ムーア原作の 『V FOR VENDETTA』では、ファシズム国家を打ち倒した後には、ただの暗澹たる暗闇に放り出された無力な個人が残されるし、同じく 『WATCHMEN』では、世界の恒久的平和をもたらすはずの多大な犠牲と計画は、一人の男の執念により結末が左右されるかもしれない事が暗示される。絶対的な権力を持つに至ったテロリスト・ライトがもたらした秩序への道と、『The World Is Mine』の中で、絶対的暴力でモンちゃんが示した破滅への道の間に、本質的な違いはあるのか。それともこの二つの違いは、同じ終末への道干満に辿らせるのか加速させたかの違いでしかないのかとか。
 まぁそんな感じのこととかを思いましたが。
 最終回自体読み損ねているんだよなー。
 
 あ、あと、映画『es』 でも表現されていた、「権力を与えられた人間がどう変質するのか」 ってのも、あるんだろうけどもね。
 あの映画では、看守役という立場になって権力欲と暴力性を加速して者もいれば、そうでなかった者もいる。その違いは多分、単純にその人間の良心とか善悪では切り分けられないのだろうけれど。

投稿: へぼ屋萬年堂 | 2006年6月 3日 (土) 21時56分

最終回は蛇足だと思う。
あの真っ黒な2ページで終わるべきだった。
そのほうがインパクトが強かっただろう。
その後の解釈は読者にまかせるべき。

投稿: 昔、死にかけた者 | 2006年6月 4日 (日) 00時12分

 いやー、俺あの 「真っ黒見開き」 で終わったと思い込んでいて、「すっげーぶん投げたなー」 って思っていたからねぇ。
 単にその次読み損ねてただけなんだけど。

投稿: へぼ屋萬年堂 | 2006年6月 4日 (日) 00時50分

デスノートには人を侵食する力があるのでは、と思っています。
第一は、人を殺すのにためらいを取り払うということでしょうか。

秘密裏に処理される場所とわかっていて撃ち放題に撃ったくせに、とどめを刺さなかった松田がなんだかな。

投稿: フィナンシェ | 2006年7月 9日 (日) 23時31分

共産圏の独裁者なんて皆こんな感じですよね。
それに従う大衆も岡田さんのおっしゃるとおりの心理。
月はポルポトそっくりだと前から思ってました。

で、日本にこんなにシンパシーを覚える人がいるというのに何よりビックリ。
これじゃあ北の国のことを笑えませんよねえ……。

投稿: PON | 2006年7月21日 (金) 10時47分

さっき最終巻読みました!w
月は性格悪すぎだから死んでもいいと思ってたけど、
凶悪犯殺すノートの使い道には「良い使い方だな~」と
思ってたんでちょっと残念でした。

個人的に月の顔芸並みの表情変化が面白かったです。
あと松田に撃たれたとこの顔と台詞が最高w

と、違う視点から見てしまうことが多いですが
ラストの山頂で祈る場面と
「死者は生き返らない」の一文には何か考えさせられる
ものがありました。

投稿: S | 2006年7月25日 (火) 02時05分

とても納得させられる文章でした。
今、デスノ全巻読み終わったところで
月好きだった私としてはなんとも嫌な終わりだったんですけど・・。
でも岡田さんの文章を読んで安心(?)しました。
それとともに月が可哀相で・・。
本当、月よ せめて安らかに眠れ・・って感じです。

投稿: 真 | 2006年8月 2日 (水) 00時36分

13巻(HOW TO READ)を買いました。
対談がおもしろかったです。
ライトが勝つという結論は少年誌的にないと
思いながらも、僕はライト派でした。
結果はどうであれ、今でも楽しめる
作品だと思います。
この記事の分析、とても読み応えがありました。

投稿: さとし | 2006年10月24日 (火) 15時17分

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