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2006年5月23日 (火)

オタク・イズ・デッド

 明日の夜、新宿のロフトプラスワンで、ワンマントークショー「オタク・イズ・デッド」をやります。

 オタク・イズ・デッド。
 そう、オタクとはすでに滅びてしまった民族なのです。

 オタクが滅びたとするなら、では、いま存在する「私たち」とは何ものなのでしょう。
 マニアなのか?「萌え人」なのか?それとも???
 オタクはいかに生まれ、栄え、そして滅びていったのか?

 できるだけ噛み砕いて簡明な説明を目指しつつ、「オタク世代論」や「なぜ女子オタクは隠れるのか?」なども盛り込むつもりです。

 滅びゆくオタクと、それを見守るしかできない私たち。
 今の我々は、「アトランティス大陸が沈むのを、脱出船から見ている避難民たち」ではないでしょうか?

 現状を説明するカードは全部揃いました。
 明日の夜、すべてを開示し説明しましょう。

 オタク・イズ・デッド。

 

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コメント

時折覗かせていただいているものです。
オタク・イズ・デッドって、興味深いタイトルですねえ。
テヅカ・イズ・デッドが、「手塚治虫という天才の幻影に振り回されるのはもう止めよう。漫画の“今”を見よう」という内容(でいいのかな)だったのですから、オタク・イズ・デッドも、「オタクからのシフトのススメ」的な内容なんでしょうか。
ああ、凄く聞きたい。
田舎在住の勤め人なもので、新宿へ行くのはちょっと無理なのが残念です。
いずれ、なんらかの形でまとめて発表していただけるとうれしいですね。

投稿: とらびす | 2006年5月24日 (水) 04時05分

どうも始めまして

~ イズ デッドという言葉に対して必ず
~ は死なない という言葉が後発する気がします

オタクは死なない・・・・・かっこいい・・のか(笑

投稿: CAN | 2006年5月24日 (水) 05時30分

ああ、SFの次はオタクですかぁ・・・

うすーく拡散されていくのか・・・

投稿: チェンタ85% | 2006年5月24日 (水) 14時41分

はじめて
書き込みをさせて頂きます。
阪急京都線、某駅で下車、
ゼネプロで
ウルトラアイのバキュームフォームなどを
買いあさっていたころの
おたくと呼ばれる
人間達と
そのとりまく環境が
一番居心地が
良かったように思います。

郷愁なのかも知れませんが。

世の中を動かしてるのが
どこかしこにいる
ある世界の尖がった部分に
光をさし続けるおたくたち。

それを愛するのではなく
あざけりだした所から
日本人の底の浅さが
露呈したように
思います。

そんな世の中でも
社会人として
生きていかなければ
なりませんから
必死で頑張るわけですが。

投稿: 所長(リス丸) | 2006年5月24日 (水) 20時58分

確かに岡田さんが定義しているオタクは既に絶滅しているでしょう。

思うに岡田氏は既にオタクではありません。オタクとしての岡田斗司夫はアトランティス大陸と共に溺れてしまったのです。
最近の岡田氏の言動を見てると特にそのように感じます。

そして岡田さんは「萌え人」をオタクとは結び付けないようですね(しゃべり場での言動もそんな感じでしたね)。

ところで岡田氏は何時から「オタキング」と自称するようになったのでしょうか?

地方なので話は聞きにいけなかったのは残念です。

投稿: この工房中弐病につき | 2006年5月25日 (木) 23時59分

一昨日参加して、アンケートに
岡田斗司夫=マルコムX説を書いたものです。
巡回すると否定的な意見の方も多いようですね。
自分としてもまだプチクリ的な方向転換への覚悟ができない気がしますが。
結局第三部の後、帰っても寝れなかったので、(復活祭どころか、更に暗い気持ちに…)
色々考えたところ、やはり第二世代の自分にとって高校生のころに起こった様々な迫害に対する救済者としてのオタキングがそれだけ大きかったのだなーと。
信者と言われるかもしれないけど、当時受けた心の傷の深さや悩み、オタクとしての生き難さは、同世代なら皆持っていたはずで、だからこそ代弁者である岡田斗司夫に多少の疑問視を持ちつつも喝采していました。
一昨日のトークショウを例えるなら、エクソダスの最中にモーゼが
「ごめん、やっぱ約束の地にはいけないわ。皆、適当に宗派を分けて普通に生きよう。」と言っちゃって、
ついていったユダヤ人が当惑しているってとこでしょうか。
ただ、一つの転換点になったのは確かであり、今後の流れがどうなるのか、またどう行動するのか興味深い流れになると思います。
自分としては、今一番共感できるオタク論者である、本田透氏あたりが第二の岡田斗司夫的な存在になってくれないかなーと願っていますが。
他力本願で情けないとは自分でも思いますが、パンゲア的なオタク大陸が分かれ、バベルの塔が破壊されたとしても、細切れになったそれぞれのオタク民族を率いる(といったら誤解があるけど、誰かがメディア等で意見を述べたり、オタク的生き方の指針を叩き台として提示する人間としましょうか)人物はやはり必要だと思うのです。

投稿: みぎ | 2006年5月26日 (金) 17時54分

(*)このコメントは上記コメントへの返事ではありません。


オタク・イズ・デッドの感想や、それ読んでの孫感想を見ました。
イベントに直接来た人はともかく、来てない人がレポートだけ読んで、自分のブログに「岡田はこう言ったそうだけど」と書いた上で、それに反論したり納得したり。
も~、みんなオッチョコチョイさんだね(笑)
「ぼくたちの洗脳社会」でも「情報社会とは、ソース情報が流通する社会ではなく、情報に対する解釈が流通する社会だ」と書いたけど、まさにそのへんを実感しました。

イベントに来てない人にはわかりにくいだろうけど、僕が定義するようなオタクが少なくなったのが問題じゃない。
そんなのは単なる「時代の趨勢」だよね。
「時代の趨勢」というのは原因から結果へとめぐる「歴史的必然」であって、それを悲しむような懐古趣味はあいにく持ち合わせていない。
最初の著作「ぼくたちの洗脳社会」から一貫して僕のスタンスは「来る時代、拒まず」だ。

僕は先日のイベントでひとことも「最近のオタクはダメだ」とか「いまのアニメはつまらない」とか言ってない。
「昔のようなオタクが減ったのはケシカラン」とも言ってない。
そのように受け取った人がいても、それはその人の「理解の限界」であって、それに反発されたり賛同されても困るばかりですよ。

また、イベント中に定義した「オタクとは」というのも、「僕はこう考えてるけど、もちろん君たちとは違うでしょ?」という基準線でしかなく、いわゆる系論の一部だ。
重要な本論は「貴族→エリート→アイデンティティ」という流れの変化そのものであり、問題の本質は「共通文化への忠誠心を含む、同族意識の淡泊化」なんだけどね。

インディアンや在日韓国人の例を出して説明したんだけど、そのところをレポートした人がほとんどいないのが残念。
でも、あの部分こそが「なぜオタクが死んだ、といえるのか」のキモのはずだよ。

ま、イベントでは言うべきことは言ったから、いいや。
しんどかったけど、楽しかったです。
夏コミで同人誌として出すので、興味ある人は読んでください。

でもあんな少人数のイベントなのに、ブログでいろんな人が語っているのは驚いた。自分で言ったことなんだけど、本当に「オタクであること」がアイデンティティである人たちがこんなにも多くいる、ということなんだろうね。

投稿: 岡田斗司夫 | 2006年5月27日 (土) 00時33分

http://d.hatena.ne.jp/zozo_mix/20060527#1148745190
こちらの方のレポートを読みました。
人数が増え、一定の市民権を得、一般VSオタクの構図が無くなったことで「僕ら」は仲間意識を持つ必要が無くなった。僕らは普通の人とイコールになっちゃった…と受け取りました。

確かに「カリ城必修」とかの文化が無くなるのは怖い、勿体無いです。「エヴァ見てないの?」ってもう言えない。皆で語り合ったあの「空間」が無くなる…。ハッキリ指摘されるまで、リアルには想像していませんでした。「いい時代になったな」と呑気に思ってました。
繁栄の結果こうなるのが必然だったのなら、東京オタクランド的な、文化を貫いたままでの一丸となっての勝利って有り得ない物だったのかな…。

ただ、皆が他人になって既に結構な時間が経っているから、案外「自分のため」でも楽しくやって行けそうな気はしています。気がついたら慣れていたというか。
しかし、あの団結と高めあいから湧き出るような使命感の炎に比べると、自分の趣味のための火はユルユルとした物で。やっぱりちょっと心もとない。「普通の一個人」になるのは怖い。拠り所を無くした不安を感じます。(依存してたんだなあ)

○リンクや内容に問題があったら削除して下さい

投稿: 28歳男オタク | 2006年5月29日 (月) 19時05分

あーでも、オタクがアイデンティティである人がいっぱいいるんだったら この後モルモン教みたいなカタチでオタクが生き残るかもしれねっすよね。この辺が闇雲に反論してくる人の縋りたい所なんじゃないかと。まそれもキリスト教(の、ミームとでも言ったほうがいいか?)の正常進化か というとそうじゃないわけですけど。

まあキリストとは言わずともその時代の法王が「もうキリスト教は終わりました。でも新しい聖書は作ったのであとは各自よろしく」といえば大騒ぎになるのはしかたねえですよね。

投稿: nonnon | 2006年5月30日 (火) 10時32分

突然の書き込み失礼致します。
この度、『萌える演劇』という新ジャンルを追求する為に
企画集団を立ち上げたので、その宣伝をさせて下さい。

「M.O.E.Project」旗揚げ公演
『萌え萌えカフェを作ろう!』@浅草橋アドリブ小劇場(秋葉原の隣)
チケット 2000円 公式HP(http://www.moepro.net/)にて予約受付中

6/2(金)18:00~
3(土)13:30~ 18:30~
4(日)13:30~ 17:30~
※開場は開演の30分前になります。

幼馴染のツンデレ娘、謎のハイテンションメイド、
甘えん坊の従妹、おっとり天然メイドさん……
色んな属性詰め込んで、アナタの胸に届けます!

投稿: モエプロ | 2006年5月31日 (水) 12時36分

岡田斗司夫様
遥か以前ではありますが、ニフティの頃にお世話になりました。こちらへは、初めての書き込みになります。
さて、件のイベントに参加していない私が書くのもどうかと思いましたが、岡田さんの発した「死んだ」と言う刺激的な言葉に、ほとんどの方が反応してしまったんだと思います。「オタクは死んだ」と言うキーワードだけが抜き出され、一人歩きしてしまったのでしょう。言葉の一人歩きと言う意味では、「オタク」って言うのも酷いものです。「アキバにいる人間すべてがオタクじゃねぇ〜」と声を大にして言いたいくらいですよ、ホント。
イベントに行けなかったのは残念ですが、夏コミでまとめられるとの事、楽しみにしております。正直、オタクを自認する私ではありますが、今の「萠え〜」にはついていけないです(苦笑)。

投稿: いとうみき | 2006年5月31日 (水) 13時05分

 「オタクは死んだ」、この言葉に反応したオタク達は、別に「最近のオタクはダメだ」とかは思っていない。しかし、それを否定する必要はある。今現在起こっているように、「オタクは死んだ」発言が一人歩きしていき、「最近のオタクはダメだ」とする人が現れる事が容易に予測出来るからだ。
 「理解の限界」が存在する事を理解していながら、何故貴方はこんなに無責任な事を言ってしまったのだろうか。「理解の限界」を、自身が何かを伝える事を放棄する為の言い訳として使っているようにも思えてしまう。

投稿: death_flag | 2006年6月 2日 (金) 07時50分

岡田さんの「オタクは死んだ」発言で、オタク言論界は大騒ぎですね。
オタク評論家もどきの小物たちがいろいろ騒いでるようですが、的外れな批判ばかりで呆れ果ててます。

投稿: すったもんだ | 2006年6月 4日 (日) 14時21分

岡田さん定義でいうところの、
「第3世代」の次の世代、
「第4世代」に当たるヒト達は
たぶん極端なアンチ萌えな人が多いでしょうね。

岡田さんの「オタクは死んだ」発言に対して、
なぜか岡田さんのの世代「第1世代」の方が
発言なさっておれられないのは
ナゼなんでしょう?
私の検索の仕方がまずいんでしょうか?

投稿: カトタカ | 2006年6月 4日 (日) 23時26分

田舎の一オタクです。岡田さんの発言を知って、よそ様のBlog、コメントを見て、思ったことです。何よりも岡田さんの発言を直接聞いたわけでもないのですが、岡田さんの発言、とされるものに触発されての文章です。極めて長いです。くどいです。ただ、この「問題」を短く言うのは誰にも不可能ではないかと思います。コメントにあるまじき長文ですが、反応を書こうとすれば、ここで書くしかないと思い、削除されることも覚悟の上で、あえて書きます。
未だオタクだと思っている自分にとって、今の「オタク」の世界はどうしようもなく看過しえない状態にあると思ったからです。

いろいろとこの件に関してのコメント、リンクを読んで思ったこと。

誰も、商業から見たアニメ、漫画、ゲームを始めとするオタクをしてオタクたらしめている業界が、どいつもこいつも極めてマズイと言うしかないまでに、ヨロシクない事態になっていることに、誰も言及してなかったこと。
才能さえあれば、秋葉原さえあれば、勝手に遊び場がこれからも続いていくと思っているんだろうか。
それともう一つ、オタクは終わってないぜと、様々な場所で、様々に言う方々が若い人を中心に結構な数、いること。みんな秋葉原や日本橋、大須に電車に行ける人たちばかりなんだろうか。
ごくたまに、地方の側のオタクな方のBlogを読む機会があって、その中の極まれに、地方に住むオタクの絶望を見る機会があって、それなのに、その僅かな記事が、まるで暗黒の夜の海辺の向こうにほの暗く見えるいさりひの揺らめきのように、静かで深い絶望をかいま見せる暗い風景が、どのBlogを見ても、必ず描き出されていること。そしてこの話を巡るさまざまな言説の中で、やはり静かにそれを述べるにとどめた人がまたいたこと。
火は、言うまでもなく、その人たちのつぶやきです。

投稿: まう | 2006年6月 5日 (月) 05時38分

オタクそれ自体は、手塚が始めた戦後漫画を皮切りに、戦後民主主義の環境と国家社会主義的な平等基調の経済的繁栄の上に成り立った存在であって、岡田さんの定義したオタクのそれ、は(他の国や、違う時代おいてそれが鮮明になると思うのですが)本来は字義そのまんまの貴族の定義にあてはまるものなんじゃないかと思ってます。貴族が趣味を極めたらそんな哲学でいくのだろうな、という意味で。
オタクは、もはや万人が万人の定義を持つ市井のありふれた言葉になったと思います。そんなことを望んで岡田さんが、十数年以上も前にオタクの定義を変える行動を起こしたのかは知りませんが、少なくとも岡田さんが自著で明らかにしたどこか山師的なロビイスト活動が、たまたまアニメ、漫画が世界化した状況と相乗された結果として、この国の風景の一つを形作るぐらいまで、オタクという存在がここ十年の間にこの社会の中を上り詰めたのだなとは感じてはいるんですよ。

…うーん、だから、岡田さんの話をその場所で聞いたわけでもないし、孫引きの解釈しかネットにはないから、結局そんな間接的な言論環境下で岡田さんが何を言いたかったのか、いくらも斟酌は出来ないから本来何を言っても無意味なのかなと感じますが、ただ、岡田さんの言うところのオタク、これまでさまざまなメディア、または自分の本で述べられていた、おたくではなく、オタクは、上にその成立条件を書いたように、どっちにしろ、極めて異常な経済環境と政治環境の中でのみ成立しうる、徹底して一時代的な存在じゃなかったんでしょうか。今のアニメ、漫画、ゲーム。そこから派生する同人誌、フィギュア、その他の二次的もろもろを消費する方々は、過去の環境が生み出した物を市場社会の人々がすくい上げた格好の世界で極めて刹那に戯れている、いつかは終わる存在でしかないのかも知れないと最近感じています。その危険な兆候はこの国のあちこちで見受けられることからも、そんなにこの考えも、あながち外れてないと思います。
明らかにこのトリガーを引いた一因として、エヴァや葉鍵系のエロゲーもあるんでしょうが、この二つがあってもなくても、やはり関係なく、この流れに行き着いたでしょうね。岡田さんが泣いた理由も、よそで書かれていたような滅び行くオタクに哀惜の涙を流したのか、それとも本を売るための商売根性だったのか、わかるよしもないですが、しかしどれほどオタクそのものが変わるまいとしたところで、今の状況で岡田さんが定義するところのオタクがその生き方として有り続けるのは不可能だったとやはり思います。
市場が、性格が、世代が、行動が、精神が、実体を変えまいとするために、この時代の荒波を乗り越えようとする意思をオタク全体が持ったところで、それは不可能なのです。そのオタク自身が「かつてのこの社会」の嫡子的申し子であるゆえに、社会の経済的、政治的的規定が変化した場合、むしろその影響をもっとも受けやすい存在だからです。
その上で言えば、もっともいびつな変化を起こしてもおかしくなかったオタクが、ある意味市場消費のルーチンそのまんまの変化を辿っていることを、この時点で嘆く嘆かないを越えて、オタクの存在に重きを置く人々はもう少し真剣に考えるべきではないでしょうか。
岡田さんに限らず、東さんや斉藤さん等のオタクを自分の言論に乗せる人みんなが、オタクをしてオタクたらしめその変化を促す市場的な、経済的な、政治的な環境の重大性と危険性を、もっと自分の言葉の上に乗せないと、オタクを語る言説それ自体が、その結果として無効化される危険をはらみ、そのことが結局のところ、本当の意味での「オタク・イズ・デッド」をこの国にもたらす可能性があるように思われてならないのです。

投稿: まう | 2006年6月 5日 (月) 05時44分

なによりこれだけのオタクを巡る言葉が、この岡田さんの発言一つをきっかけとしてもさまざまに語られているのにも関わらず、オタクとは何か? を真剣に問わざるをえない事態になってもなお、それぞれなりのオタクについての発言が、オタクそれ自体の議論にまったく結びついていないことになにかしらの重苦しさを感じるのです。事実をいかに追求するかどうか以前に、この手の発言から、いくらでも起きてもおかしくない神学論争すら何一つ生じていない。自閉的な場が、ネット上のリンクを媒介として、ただ個別的につながっているだけ、という感想しか出てこないのです。
自由に語れる場を持ちながら、どこまでも自己的に言葉も精神も自閉して、それで市場も時代としての精神性も作り上げてしまっている。これではどこまでも他動でしか動けない環境しか作られないな、と感じられて仕方ないんです。
オタクそのものの市場も、思想も、定義も、広がりも、以前の時代、岡田さんがおたくをオタクに変えていく以前から考えたら信じがたい変化を遂げてしまっていますが、その変化自体にオタクが依存しているというか、オタク自身がどの世代も変化に対して真剣に、深刻に考えも言及もしていない。オタクをしてオタクたらしめている存在をこれからも栄えさせたいと思うなら、その存在がどれほど多種多様であったとしても、そのことを語り、関与し、責任の所在を明らかにする行為をいとわない必要があるのに、それがまるで何か空気のように無視されていて、それで今の環境が成り立つと思いたがっている。そういう空気にオタク自身がいつのまにか支配されていて、それが今のオタクの位置づけになっている。
他者に乗せられるのがオタクではないだろうに、いつのまにかそれも含めてオタクになってしまい、何よりもそのことに対して無自覚になってしまっている。だとすれば、今更ながらこのままいくと、場合によっては他者に動かされ、それでそのことに何の思いも抱かない対象物の愛好者がオタクの定義になってしまう可能性すらある。そうなったら、オタクの歴史はオタクでないものが握ってしまい、そのもの達のさじ加減と判断で、オタクの歴史も終わらされる危険性だってある。
そこに視線を向けることのしんどさ、重苦しさを、そこにどんな名称を付けるかも含めて、オタクである、と自分自身に言ってしまった、思ってしまった、そのことにそれなりの思いも愛着もあると感じてしまった者たちが自分の「オタク」のほんの少しでもその部分に向けない限り、「オタク」はそれぞれの市場に氾濫したまま、自分達のどうすることもできない事情で今まで以上に右往左往させられ、あるいはその世界自体が、自分たちのあずかり知らぬ外部の判断で将来断絶させられてゆく、そんな危険性をいたずらに増やしていくのではないかと思います。
ネット世界を見続け、オタクである、あるいはオタク世界で食っていると言う人たちのBlogなんかを見ると、例外だと思いたいんですが、オタクであることに距離を置き始める人達が出てきはじめているんです。それも、オタク世界の中のインサイダーで、コンテンツを作るような立場の人たちが、オタクをどこか外側で見始めている傾向が見られます。
それが何かの警告のように思えるのです。
なにより、今の日本の経済環境からしても、かつてのオタクのような贅沢な存在はこれからも続くとは到底信じられないのに、そのことを受け止めての議論どころか、森永氏のような、オタクを自称しながら、これからはオタクの時代だと言い切ってすませるような、自身の経済哲学や予想とは逆を行く信じ難い発言が平然とリアルもネット上も回遊するそのことに正面から反駁する空気自体がどこにもない。
そのことにみなさん、オタクであるなら、オタクであると思うなら、もっとそのことを、その意味を、真剣に考えましょうよ。

くどい言い回しをさんざん使用したこと、出来るだけ断定的に書かないようにしようと思ったためですが、ご容赦下さい。
岡田さんの発言が、さらなるオタクのオタクによるオタクの為の議論の発火点になることを願って止みません。

皆さん、もう少しね、危機意識を持ちませんか。そのことを真剣に議論しようと少しでも思ってみませんか。私達オタクが、自分たちが好きな物と一緒にこれからも生き延びるために。

投稿: まう | 2006年6月 5日 (月) 06時05分

>まうさん
その為にトラバがあ…いや、なんでもないです。

まぁオタクの世界だったものが似非オタクたちによって侵食されても本当に「流されない」オタクならばそこやそれ以外の場所で自分の好きなものを発見できると思いますよ。

「お前らはアキバに行くやつをヲタクだと騒いでるが、俺らはもっと面白い物を知ってるから関係ないね」
オタクはそんなこと云ってる嫌味な奴じゃないのかな。

まぁ昨日の「名作平積み大作戦」を見てNHKが一番「オタク」の意味を分かっていて良かった。

投稿: この工房中弐病につき | 2006年6月 5日 (月) 21時08分

この工房中弐病につき さん。

まあそうでしょうな。貴族はいつだって慇懃なもの。
その意味で言えばアニメ、漫画、ゲーム、同人等ももはやその場所にオタクはいないと、本当のオタク達は思っているのかも知れません。
ただみんな冷温過ぎるんですな…
自分が好きなものが衰退しても、まあ他にもあらあなって宗旨替えをする腰の軽さで、みんな自分を作っているような感じで。
ただ、ね。
内実は何であっても、態度としては冷めてなきゃいけないという前世紀末期の姿勢を、未だに保持し続けしまってるから、上に上げた漫画やアニメはそんな態度に巻き込まれて衰退しやせんかってのが気がかりなんですよ。
政治性なんか関わりたくないからオタクになった人も多そうだから、それもありなのかも知れないけど。

投稿: まう | 2006年6月 5日 (月) 23時39分

>その為にトラバがあ…いや、なんでもないです。
…?

投稿: まう | 2006年6月 5日 (月) 23時44分

>まうさん

第一世代のおたくは、時代が生んだ落とし子だな、と思います。コミケの胎動期やアニメ新人類宣言など、前例のない時を自らが主体となって行動できたことによる自負が、連帯と貴族意識を持ち得たのではないかと。
また、戦後民主主義教育がようやく正常に機能し、折り目正しいクソ真面目な学生が量産されていたからこそ、なし得た「連帯感」であったとも考えます。

当然、時が経てば社会環境も変わり、オタク文化を支える側の世代資質が推移しますから、もしも、第一世代的おたく資質を維持しようとするならば、最近流行の「食育」ならぬ「おたく育」を実施するしかないのでは。

>いとうさん

でも、「オタク」の概念自体が最近のマスメディアでの一面的な取り上げられ方で誤解を生むような状況になっているのも事実でしょう。問題提議は必要だったのでは。

投稿: 病 | 2006年6月 7日 (水) 09時45分

もう何年も前から絶滅危惧種になっている時代劇ですが、侍達が絶滅することは、わたしたちは歴史として知っています。
オタクが滅びるとして、後年になってから、現在の時代劇のように(?)人々から観賞されたりするのでしょうか。

投稿: そや | 2006年6月11日 (日) 20時50分

絶版kitオタクは元気です。
ttp://bbs001.garon.jp/test/read.php/omoide/1144335824/

投稿: マルサン | 2006年6月30日 (金) 15時40分

 そんな議論よりも、録り溜めた深夜アニメを見る事に費やしたいような。

投稿: さとしす(satoshis) | 2006年7月 5日 (水) 14時48分

「(昔の)オタク文化は滅びてオタク産業が栄える」というとらえ方でよろしいでしょうか?

投稿: ha0 | 2006年7月21日 (金) 13時44分

オタクは死んだか

最近まで天才てれびくんの「恐竜惑星」に出てくる萌ちゃんが
「萌え」の方向性を決定付けるのに重要な役割を果たした、つまり
オタクの「属性」偏重性を加速させたのではと感じておりましたが、
今になって、オタクの社会進出がオタクの多様性をうみ出し
オタクの排他性がその多様化したオタクを「属性」へと
細分化させたんじゃないかと感じるようになりました。

これはロックにおけるパンクロックやヘヴィメタルへの変遷と酷似しているのではないでしょうか?

パンクの中でもハードコアやメロコアと呼ばれるものが現れたように、
深く多様になっていくとは断言できませんが、
オタクというロックは、鳴りを顰めているだけのような気がします。

投稿: koh3 | 2006年7月30日 (日) 06時03分

「アトランティス大陸が沈むのを、脱出船から見ている避難民たち」

アトランティスと聞くと『ふしぎの海のナディア』を思い出しました。

それにしても、『日本沈没』で沈むのは実在する「日本列島」だけれど、オタクが見ているのは架空(?)の「アトランティス大陸」。
まさに、オタク!オタク!オタク!

投稿: himikonishinomaru | 2006年8月14日 (月) 16時42分

はじめまして。
ここ数日、オタク関連のサイトめぐりをしておりましてここにたどり着きました。
エントリーを読んで思ったことがありましたので
不躾ながらコメントさせていただきます。

オタク業界の変遷って日本におけるゲイカルチャーの変遷に似てると思いませんか?

職業オカマがでてきたようにそのうち職業オタクが出てきそうな気がしてます。

失礼しました。

投稿: B助 | 2006年9月24日 (日) 22時13分

オタキング氏の言は、あくまでも自分の手のひらの中でだけ観察できるオタクの死を
悲しんでのことのようにしか思えませんでした。

自分の飼っている金魚が死んじゃったのが哀しくて
晩御飯のサンマが食べられなかった繊細な女の子のような。

投稿:   | 2007年3月 5日 (月) 19時24分

オタクは死んだのではなく、殺されたのですよ。
岡田さんを代表とするオタクの方々が業界に入り込み、オタク向けにオタクの喜ぶ作品作りをして、それが商売になることを示してしまった。
そしてそれは、パンドラの箱を開けたことに他ならない。
あなた方が開けた門から、次々とオタクが業界に入り込み、次々と本来の作品作りの方向をねじ曲げていった。
オタクは自らオタク指向の作品を探す手間をかけずに、好みの作品を手にすることができるようになった。
そういった人々を作り出したのは、あなたたちです。

オタクを殺してしまったのは、あなたなんですよ岡田さん。

投稿: kaze | 2008年5月10日 (土) 00時58分

投稿: とおりすがり | 2008年5月11日 (日) 07時25分

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受信: 2006年5月28日 (日) 07時22分

» ハッカーとオタク [404 Blog Not Found]
この議論を進めるためには、まず岡田氏が何を「オタク」と呼んでいるかを知らなければならない。 岡田斗司夫のプチクリ日記: オタク・イズ・デッド そう、オタクとはすでに滅びてしまった民族なのです。... [続きを読む]

受信: 2006年5月28日 (日) 08時35分

» [オタク]でも岡田さんもオタクを殺した一人ですよね [萌え理論Blog]
岡田斗司夫のプチクリ日記: オタク・イズ・デッド イベントに来てない人にはわかりにくいだろうけど、僕が定義するようなオタクが少なくなったのが問題じゃない。 そんなのは単なる「時代の趨勢」だよね。 「時代の趨勢」というのは原因から結果へとめぐる「歴史的必然」で... [続きを読む]

受信: 2006年5月28日 (日) 18時31分

» オタクイズデッド [To Write Not To Write〜書かずに死ねるかっ!]
この件については情報を得ていろいろ考えてみたが、まだ自分なりの回答は出ていない。今後も出ないかも知れないが、風化させることもできないのでいまさらながら書いてみる。 なお、私はトークショーには残念ながら参加していません。 発端は5/24に新宿のロフトプラスワンで開催された岡田斗司夫氏のトークショー「オタク・イズ・デッド」である。 岡田氏はオタクの定義について「いままで定義したことは無い... [続きを読む]

受信: 2006年5月28日 (日) 23時55分

» オタクイズデッド [To Write Not To Write〜書かずに死ねるかっ!]
この件については情報を得ていろいろ考えてみたが、まだ自分なりの回答は出ていない。今後も出ないかも知れないが、風化させることもできないのでいまさらながら書いてみる。 なお、私はトークショーには残念ながら参加していません。 発端は5/24に新宿のロフトプラスワンで開催された岡田斗司夫氏のトークショー「オタク・イズ・デッド」である。 岡田氏はオタクの定義について「いままで定義したことは無い... [続きを読む]

受信: 2006年5月29日 (月) 00時32分

» オタク・オブ・ザ・デッド [中村情苦の『絶対不幸進行中』]
 まず ●岡田斗司夫のプチクリ日記http://putikuri.way-nifty.com/blog/より レポートだけ読んで、自分のブログに「岡田はこう言ったそうだけど」と書いた上で、それに反論したり納得したり。 も~、みんなオッチョコチョイさんだね(笑)... [続きを読む]

受信: 2006年5月29日 (月) 05時45分

» オカダ イズ ハシモト [枯れた知識の水平思考]
なんか凄い話題になってますね。 「オタク イズ デッド」。 うーむ、なんと言いますか細かい内容はともかく、 最後に岡田氏が泣いたってのが凄い出来事って感じで語られてますが、 自分が生きてきた時代を総括して最後の締めに号泣するのって、 橋本治の「恋愛論」とか「僕たちの近代史」と同じ構成ですよね。 岡田氏って橋本治にはたびたび言及するし、 絶対意識してると思うんだけどなあ。 っていうか他の人の感想をザッと読んでも 橋本治って名前すら出てこないのがかなり意外。 ま、その辺はやっぱ岡田氏の言うとおり、自... [続きを読む]

受信: 2006年5月31日 (水) 02時40分

» Otaku is Dead [動漫筆記本]
http://putikuri.way-nifty.com/blog/2006/05/post_78fa.html http://d.hatena.ne. [続きを読む]

受信: 2006年6月 5日 (月) 05時15分

» オタク・イズ・デッド [真(チェンジ)人類基盤史研究所 -BOARD-]
オタキングこと、岡田斗司夫氏のワンマントークショー「オタク・イズ・デッド」の感想がblogを通じて話題になっている。 オタク・イズ・デッド、英文表記すると“OTAKU is dead”だろうか。つまり「おたくは死んだ」と言う事だ(もし間違っていたらすみません)。 そして...... [続きを読む]

受信: 2006年9月 2日 (土) 00時27分

» シャーマンオタキング [いつのころから新発売2]
昨年に岡田斗司夫は「オタク・イズ・デッド」といいました。ボクははじめこのフレーズを聞いたとき同時期に上映されていた映画『日本沈没』を思いました。原作の小説は端的に言えば「日本人(という概念)の死と再生」を主題にしているからです。 今年に入ってから、WEBでたまたま岡田が「オタク・イズ・デッド」について述べた文章を立ち読みしました。そこでは第一、二、三世代にオタクを分けています。前二者は貴族主義、エリート主義と呼ばれています。第三世代は、勝手に翻訳すると実存主義です。「類的自己本質」、「神は死ん... [続きを読む]

受信: 2007年1月 3日 (水) 21時59分

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